Author: Kate Morton
翻訳版の有無: なし
映像化: なし
英語レベル: Advanced(一年に一冊洋書を読破出来るレベル)
この本を読むと、「人の過去を紐解くには覚悟がいると実感させる」というベネフィットを得られます。
いや、面白かったです、本作。
最寄りの書店で紙の書籍を初めて見た時に、「あ、これ読みたい」と直感で思いました。
紙の書籍だと保管場所がかさばるので書店では買わず、いつもの電子で購入し、しかし読み始めた者の一度はタイミングが合わずに途中で断念しましたが、このたび読了しました。
いや、面白かったです(二回目)。
ミステリーと家族の話がうまい具合にブレンドした、良い作品でした。
もちろん原書で読んでいただきたいですが、多くの方に触れていただくには、早く翻訳版も出版してほしいなとも思います。
本作の主人公は、イギリスに住むいわゆるアラフォーの女性、ジェス(Jess. Jessica Turner-Bridges)。
フリーランサーの彼女は最近仕事も恋人も失くしたばかり、という世知辛い状況の女性。
ライターをする彼女は職探し中で、恋人だった人と別れたばかりのところに、オーストラリアに住む祖母が屋根裏から落ちて怪我をして入院したという連絡が入ります。
祖母ノラ(Nora Turner-Bridges)は、ジェスを置いて出ていった自身の娘ポリー(Polly)に代わり、育ててくれた女性。
ジェスにとってノラは、母よりも大切な家族です。
元々組んでいた予定もそっちのけで、生まれ育ったオーストラリアへ戻ったジェスは、病院で目を覚ましたノラの口から、ノラが娘を取り上げられたくないという悲痛の呟きと、ハルシオン(Halcyon)という言葉を聞き取ります。
ハルシオンは、彼女の兄トーマス(Thomas Turner)が購入した一軒家で、彼の家族がかつて住んでいた場所の名前でした。
ライターのジェスは早速リサーチすると、自分の親戚に起きた凄惨な過去という思いもよらないエピソードの数々が出てきました。
ハルシオンと名前を付けられたその家は、トーマスが購入する前からいわくつき。
以前の家主は、彼が結婚するはずだった女性を渡航中の事故で失い、彼が待つ家に彼女を迎え入れられなかった悲しみに満ちた場所でした。
現在の家主であるトーマスも、自身の家族が1959年のクリスマスイブに謎の死を遂げています。
トーマスが海外での仕事中に亡くなったのは、彼の妻イザベルと彼の四人の子供達のうち上の三人の子供のマチルダ、ジョン、イーヴィー。
この場面には、数週間前に生まれたばかりの末っ子のテア(Thea)も居合わせましたが、事件当時には見つからず、その後1989年のある日、彼女と思われる亡骸が見つかり、死亡確認しています。
これらの状況証拠から、いわゆるワンオペ状態のイザベルが、末っ子テアを出産したことによる産後うつで子供達に手をかけて自分も命を絶ったという結論に至った事件でした。
この事件はあまりにセンセーショナルで、ジャーナリストのダニエル・ミラー(Daniel Miller)が出版してベストセラーになっています。
自分の家族はいわくつき。
それだけでもお腹いっぱいですが、ジェスは二代続けて母子家庭という環境で育ちます。
ジェスは登場時点で三十代後半ですが、この年齢になっても未だに自身の父親のことも、もちろん祖父の事も知りません。
それは、実はノラが巧みに隠した秘密により、男達は存在しないことにされたのですが、この秘密は物語の後半に紐解かれます。
表面上わかっている事実は、ジェスの中で納得できていること。
ノラは、自身の結婚がうまくいかず、娘ポリーを授かった以降、一人で育てます。
そんなポリーも、ある男性と恋に落ちますが、この男性はしっかりしたお家柄出身の人。
ポリーが十代の若い時期に彼と結婚することを決意するのですが、ノラは自身の兄の家族(ポリー視点伯父家族)に起きた悲劇について話し、その結婚に異議を唱えます。
結局ポリーは別れを選んで一人でジェスを育てました。
(このエピソードも、物語後半でジェスに伝えられるのですが、ノラの秘密の方がインパクトが大きかったです。)
ノラの大きな愛情によりジェスはまっすぐに育ちますが、シングルマザーながらコミュニティを築き上げて成功するノラの娘のポリーは彼女の母にも似ず、娘とも似ず、繊細な心もちから二人の元から去りました。
作品を読み進めれば、ある種ノラがポリーとジェスの仲を裂いたような気もする物語の流れに気づきますが、ポリーが自分の生活を確立させるために自立することの方が優先事項で、あまりに自立した女性であるノラからジェスを引き離すことが出来ませんでした。
ポリーは、精神面でいうと、母になる前に一人の人として自立する必要があったのですね。
さて、この物語はそれぞれが大事な人を守るために、秘密を作ってまた一つ新たに秘密を重ねるというもとに出来上がりました。
ノラから続く親子の三代の秘密、ノラの義姉イザベルが子供達と一緒に死ななければならなかった秘密、この二つの秘密が読者を物語の世界に引き込みます。
秘密を紐解くのはわくわくしますが、人間関係の裏側が明らかになっていくので、見たくない部分も見えてきます。
本作のキーマンだったのは、イザベルの末っ子のテアなのですが、この子に隠された秘密が明らかになると、ノラから続く親子三代の関係が違った目線で映ります。
これらを紐解きながらも、ジェスは現実では母ポリーとの確執に向き合ったり、ノラを頻繁に見舞ったりと奔走します。
テンポよく進む物語に、早く秘密を解きたいと思いながらも、丁寧に描かれた各シーンと時間の行き来に翻弄されて、物語に没頭すること間違いなしです。
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