Book Report: The Bell Jar
Author: Sylvia Plath
翻訳版の有無: あり「ベル・ジャー」
映像化: なし
英語レベル: Advanced(一年間で一冊洋書を読了できるレベル)
「頑張り方にもお作法あり。優等生は要注意」
メインキャラクターになる人の印象が、危うい、とい作品に出会ったことはありますか?
この場合の「作品」は、本でも映像作品でも、例えば絵画の世界だったとしてもいいです。
私はあります。
自覚する中では、「The Virgin Suicides」に登場する五人姉妹。
特に、一番初め自身の命を自分の手で終わらせてしまう、五人姉妹の末っ子メアリーの危うさ、儚さは、その死が実現される前段階の命の爆ぜ方と対極の場所にあって、はらはらしたことを覚えています。
さて、本筋がそれたので元に戻しますが、命の危うさでいえば、本作も引けを取らない作品になるのではないでしょうか。
誰かが引いたレールの上で動けるために、人生イージーモードで済ませてきた主人公が、外にも世界があり、自分が住む世界と比べるととても輝いていることに気づいてしまう。
同時に、自分の生きる世界の小ささを、「つまらないもの」と卑下してしまう。
私も、現在も務める会社で一番最初に所属された職場で出会った先輩の住む世界の大きさに、思わず尻込みしてしまって、自分の世界を卑下してしまった経験があるので、この作品の主人公の危うさがよくわかります。
本作の主人公エスター(Esther Greenwood)は、ニューヨークのインターンとして故郷を離れて、同じ志を持つ女性達と切磋琢磨する大学生。
ただ、一つキーとなるのは、彼女の優等生ぶり。
これが彼女を苦しめる気質となるとは、この時の彼女は自覚せず。
枠にはまった人生を生きてきた彼女は、ニューヨークという都会に位置する州に出てきて、突飛な女性達に出会います。
作中、彼女と対比されるのは、いわゆるフリースピリットに属する性質のドリーン(Doreen)や、お洒落なヒルダ(Hilda)。
予め準備されたレールの上を歩くことが悪とは思いませんが、自分がやりたいことがある場合、自分の理想と現実世界との間にあるギャップは人を傷つけることになります。
エスターの場合もそうでした。
優等生で生きてきたエスターは、理想とする世界があるけれど、実際の彼女は世の中が求めるほど魅力はない。
女性としての魅力も危うくて、恋人と呼ぶには真剣みのない相手バディ(Buddy)の態度から、エスターは大生から大事にされていない様子。
様々な角度をとっても、エスターは「選ばれない人」に分類されてしまいます。
そして、その事実が彼女を追い込み、心が病んでしまう原因になるのです。
心が疲れてしまう、ということについては私も理解します。
都会に住んで、職場に行くまでの交通機関のスムーズさが毎日の大切な土台になることを良く理解しました。
地元の田舎暮らしと、現在進行形で経験する都会暮らしとで、一番影響力があるのが通勤時間だと気づきました。
職場の人間関係も大きな影響力がありますが、それ以前に、電車の動きがこんなに影響するとは都会に住むまでわかっていませんでした。
地元にいた時は車社会だったので、渋滞があったとしてもそこまでイラつかなかったんですよね。
というのも、車は自分の空間があったから、渋滞に巻き込まれても、イライラのレベルが公共交通機関を使っている時に比べてずっと低かった。
見知らぬ誰かと共有する必要もなく、イライラしても自分一人で車の中。
息抜きが出来る空間があるというのはいいものですが、本作のエスターのように、思いつめてしまうというのは悲しいことですね。
結局、エスターは追い詰められて、病院に入院することになり、同じように心に大きなプレッシャーがかかった人達と出会い、過ごすことになります。
一応、エスターは病院から退院できるのですが、彼女は入院中に悲しい出来事に出くわしますし、作者であるシルヴィア・プラスは彼女が生きる世界に耐えきれずに自分で自分の人生を終わらせる選択をします。
本作で感じる切迫感は、作者の心境を良く表していましたが、ネタバレしちゃうとエスターが迎える最後と作者の最期は異なるので、そこだけは希望があるかなと思っています。
何事も丁寧に、きっちり、ちゃんとすることは確かに物事がスムーズに進むに大切なことなのですが、自分の心が疲弊してしまってはよくないこと。
テクノロジーの発展によって、私達人間は便利な世の中に住んでいることは確かですが、テクノロジーの歩みが早すぎて私達が疲弊しているのもたしか。
誰が舵取りをするのかと明確にして、上手に息抜きする時間も取りたいものです。


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